No.4 忘れられた事を思い出してみませんか

今年の冬は、例年と比べると、東京も一段と寒い。
しかし、私は、雨が降っていない限り、早朝に、家の前を掃除する。
歩道には、銀杏の木が植えられているので、毎日落ち葉を掃いても掃いても、半日経てばまた、歩道は黄色の銀杏の葉で覆われている。
掃除自体は、全く苦にはならないが、毎回、歩道を走り抜ける自転車にはひやひやさせられる。
我が家の前の歩道は、本当は自転車は通ってはいけないのだけれど、歩道を走り去る皆さんは全くお構いなしだ。
通りの北側から、なだらかな坂を下ってくる自転車が一番怖い。
「こんなところで掃除なんかして邪魔ねー」って声が聞こえそうな走り方だ。


一度、きちんと道路交通法の自転車の項目を読み、信号まで行って、標識を確認してみた。
やはりこの歩道は、間違いなく自転車運転禁止歩道だ。
運転していいのは、高齢者と小学生まで。
時々、自転車同志が衝突しそうになることもある。
どう考えたって危険だよなーって思う。


かつては、自転車が通る度に、「この歩道は自転車運転禁止ですよー」って言っていた。
「皆、走っているじゃないか」
「うざったいの」
「あんたに言われたくないよ」
って言い去っていく人から、「ごめんなさい、子供が保育所に送れるからー」ってお母さんまで、いろいろな反応があったけれど、こちらも一応高齢者、体力に自信がなくなりつつあって、残念ながら、見過ごすことに方針を変えてしまった。
でも、散歩している人から、「お寒いですね、冬は毎日大変ですね。でもきれいで気持ちがいいです」って言われることもある。
きれいにすると、自分が気持ちがいいのは勿論だが、こういう声がかかると、いい街に住んでいるなという実感がある。
だから、季節に関係なく、雨が降らない日は、葉っぱが落ちていると掃除する。


英国のBBCの調査結果によると、日本は、世界が好ましいと考えている国の常連だそうだ。
常に5位以内だそうだ。
日本のマスメディアは、何かというと、日本の評価を下げたがるようだが、世界が日本を見る目は、それとはまったく異なっている。常に、高く評価されている。
好感をもたれる要素というかポイントは、歴史、文化、そして高度な技術力だそうだ。


そういえば、かつて日本人のホスピタリティは「世界を魅了する」とまで言われたことを思い出した。
人に対する気配りとでも言おうか、心配りと言おうか、本物のやさしさ、本物のマナー、相手を思いやる気持ちがあってこそ、こういった評価をされたのだろう。


本当は、今でもそうした気持ちの「根っこ」は決して失われてはいないのだと、私は思っている。
先輩から後輩へ、子供の時から、きちんと伝えてきたのだが、「伝える仕組み」がなくなってしまったようだ。


皆が、気持ちよく、幸せに暮らすためにも、もう一度恥ずかしがらずに「ありがとう」って言ってみようよ。
自分の気持ちを優先する前に、ちょっと相手のことを考えてみようよ。
やってみると、相手が気持ちよくなるだけでなく、自分も気持ちがよくなっていることが分かる。
人間ていうのは、実に面白いもんだと思う。


私も、若い時は、恥ずかしくってなかなかできなかった時期があったけれど、やり始めたら、気持ちがいいので、「なんで、こんなに気持ちがいいのに、人との関係がよくなるのに、今までやらなかったのかな」と思ったものだ。

Vol.3 問題解決の順序

先日、日本の戦後史の本を読んでいたら、「日本は戦略音痴だ」と書かれていたので、思わず「冗談じゃない、これは一体どういうこなんだ?」と思って、その先を真剣に読んでみた。よく読んでみると、個別の戦術に関しては、日本はものすごく優秀だけれど、本質をとらえてから、個別の問題に向き合う習慣とか、全体像を正確に把握してから、個別の問題について検討するという習慣がない、というこであることが分かった。


日頃、食事と健康のことを考えている私にしてみると、これは国の戦略だけのことじゃないな、確かにそういった傾向が強いな、というのが正直な感想だったし、納得もした。トレーニングジムに行って、身体を鍛える、もちろん結構。エステに出かけて、より美しくなる努力をする、勿論これも結構。しかし、健康の基本は正しい食事だし、美しくなる基本も正しい食事であることを忘れてはいけないってことです。


健康になる順序、美しい自分になる順序、それが親から子に伝わっていないと感じる。忙しいからとか、面倒だからとか、いろいろな理由を考えだし、人間の健康にとって、最も基本で大切であるはずの食事がおろそかになっている人がものすごく多い、このことを戦後史の本をを読みながら思い出してしまった。


私の知り合いに、樹木ドクターをしている人がいます。古いお寺だとか神社の境内の樹木は、樹齢数百年なんてものがありますが、中にはずいぶん弱っているものが結構あるそうです。
こういった樹木を元気させるには、診断が終わって、治療を行う際、「根っこ」を元気にさせることを集中的に行うのだそうです。
葉っぱに元気がないから、葉っぱを治療するのではなく、根っこに本来の力を取り戻させる「治療」を行うそうです。


「根」が元気に再生すると、「幹」が元気になり、「枝」が元気になり、最後に「葉」も元気になる。
この順序で、樹木は元気になるのだそうです。
これが基本だと聞いたことがあります。


やはりそうなんだな、と、かつて納得したことを思い出します。


人間の場合も同じですね。
身体の芯から健康にならなければ、どんなに鍛えて、見かけが恰好よくなっても、本当に強い身体にはならない。
身体の芯から健康な人は、美しさは、全身から発せられる。
こうした人が、薄化粧すると、全身から「美」のオーラが、さらに強く発せられる。
これが、本当の順序ってことではないですかね。


日本中の家庭が、ちょっと立ち止まって、「食事の意味」をきちんと考える必要があるような気がしています。
自分の家族の健康を支える「一番の根っこ」は、自分の家での毎日の食事だってことです。

Vol.2 最近思うこと

まともな考えを述べる人が減ったな。

まともな考えを述べると「袋叩き」にされてしまうもんな。



皆、一回しかない人生を考えないのかな。

気が付いた時は遅いかもしれないのに。

いいや、気が付かないのかもしれないな。



この国の平和なんて、大きな地震や津波が来れば吹っ飛んでしまうのに。

なんで自分の人生を考えないのかな。

なんで明日の事を考えないのかな。

今が良ければそれでいいのかな。



人間は必ず死を迎えるんだ。

死に方は、生き方で決まるかもしれないんだけどな。

死ぬ時は一人で死ぬんだよな。

誰も一緒に死んではくれないんだ。

何故生き方を考えないのかな。

不思議だな。



自分の生き方を考えれば、他人(ひと)の生き方にも思いが及ぶんだけどな。

たった一回の人生なんだから、自分の生き方を考えようよ。

考えたら、変わり始めるよ。

人を見る見方も変わるよ。

優しさって何だか分かるようになるよ。

愛って何だか分かるようになるよ。

気持ちが穏やかになるよ。

変わった自分に驚くよ。



あの二人、仲が良さそうに見えるけど、上っ面だけなのかな。それじゃ寂しいよな。

「本気の人」って、見ることが少なくなったよな。



「本気」で考える、「本気」で向き合う、これで何かが変わり始めるんだよな。

皆、「本気」で自分の人生を考えてみようぜ。

きっと変わり始めるから。

Vol.1 食事と身体

もう40年間も一般家庭の食事と向き合って仕事をしていますが、一体この国の家庭の食事はどうなってしまったのだろうという思いが、年ごとに強くなってきています。日本には、いつから、こんないい加減な食事をする家庭がこんなにも多くなってしまったのでしょうか?
こうなった原因が一体どこにあるのか、ずっと考え続けています。



この国の人たちは、どんな食事をとるかで、人間の身体が決まってしまうということを、忘れてしまったのでしょうか? 



お母さんに、「お宅のお子さんの健康、気になりますか?」って質問すると、「当然心配していますよ。だから、日頃からものすごく気を付けています。」って答えが返ってきますが、同じ方が「家族のために毎日食事作るのって面倒なのよね。私、本当は料理、好きじゃないのよ」、とおっしゃる場面に何度も遭遇しました。それを聞いた私は“エッ!?さっきの話と全然違うじゃない”と思い、その場では絶句したまま、固まるばかりです。



健康な身体を作り上げる一番の基本は「正しい食事」です。身体トレーニングは、あくまでもその次にくるものです。もっと正確に言うなら、「良い空気」「良い水」「バラエティに富んだ食材を正しく調理した適量の食事」、これが健康な身体を作り上げる基本中の基本です。このことを是非忘れないでいただきたいと願っています。



時々、小さな子供がいるお母さんが、「子供が好きなものを食べさせて、どこが悪いの?」って食い下がってくることがあります。こういう時は、遠慮せずにはっきりと申し上げることにしています。「小さな子供は、食事と身体との関係なんて全く知らないんです。知っている大人、つまり親が、正しい食事を美味しく調理して、子供に食べさせることが大切なんです。これって、ものすごく大切な“しつけ”です」って。



でも私は、親だけを責めれば解決するなんて全く思っていません。大衆に迎合するマスコミ、この姿勢には大きな問題があると思っています。テレビは視聴率しか考えていませんし、新聞も発行部数にしか関心が無いのですから。何が本当に良いことか、正しいことかなんて、まず言いませんし、書きません。大衆にとって耳触りの良いことを言うばかり、書くばかりです。
大人にとっては、自分で勉強し、自分で考え、自分で判断し、自分で決める、その結果には自分で責任を取るなんてことは当たり前の事ですから、「無知は罪」と考えるのが常識のはずです。
しかし、日本の大手マスコミは、そうではないのですね。視聴率を稼ぐために、発行部数を伸ばすために、ただひたすら大衆に迎合して、無知な大衆を生み出し、増殖することに勢力を注いでいるようですね。



大手食品メーカーにも問題があります。出来るだけ調理しないですむ加工食品を作って、いそがしいお母さんのためにと言って売りまくっているのですから。
個々の生活者が、家族のことを真剣に考え、取り組む、最も大切な「食生活」、それから「解放させる」と言えば聞こえは良いようですが、最も大切な「健康を支える食」から、いかにして「手抜き」をさせるかが「商品開発の基本」にあることを忘れるわけにはいきません。
しかも、大きな食品会社が、ガンガンテレビで宣伝すれば、普通の人は「あらそう?便利そうね、助かるわ」ってことになりがちです。



こうしたことに対抗するには、一人一人の生活者が自分を見失わず、家族のために「安全で、美味しくて、健康に良い料理」を提供するにはどうしたら良いかを考え続け、そのような食事を作るよう、努力し続けるしかありません。
“食”は、大切な家族と自分の健康の問題です。食事と健康の関係だけは、親が自分で勉強して、自分の調理技術を磨いて、家族のために「安全で、健康に良い、美味しい料理」を、自分で作ることで、しっかりと守るしかありません。



今は、何でも自分以外に頼ってしまう人が増えてしまいましたが、結局のところ、自分が自分を大切にしないと、だれも自分のことを大切にはしてくれないことを知っておく必要があると思います。「神は、自らを助ける者を助ける」って言いますが、私はこれが大人の常識だと思います。家庭の食事は、まさに自分と自分の家族を大切にする、最も大切な基本の一つです。



これからこの場所で書くことに対して、中には耳に痛いと感じたり、他人に言われたくないよ、と思う人がいらっしゃるかもしれませんが、みんな日本人がこの65年間で、「便利・簡単・楽」な生活を追い求める過程で、しごくあっさりと捨て去ってしまった「大切な事」なんだと思います。それを思い出し、取り戻すために、今の世相を見ながら、思い付くままに、書こうと思っています。

プロフィール

岡山晄生

Author:岡山晄生
--Okayama Akio----------
株式会社リバーライト代表
調理道具研究家・家庭料理アドバイザーとして講演・執筆活動なども行なっている。著書に『料理のきほん食の常識』(グラフ社)等


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