No.7 岩手銀河プラザ

先週、東銀座にある「岩手銀河プラザ」に行ってきました。
この辺りから、東京駅近辺にいたる地域には、日本中の各県が県産品を販売する店を出しています。


常々、人のライフスタイルの基本は「地域性」にあると考え、そう言い続けている私にとっては、どこの県のお店も、実に魅力あふれる存在です。
見たこともない「モノ」に出会うこともあります。
ヒントをいただいたり、刺激を受ける場所でもあります。


私は若い時から、食事にはそれに合った飲み物があると考えているので、夕食時にはその日のメニューに合わせて「お酒」を選び、そのお酒を飲みながら食事をいただきます。
ですから、沖縄物産店「わした」が出来た時以来、こうした「県が出すお店」を好んで覗くようになりました。


Okayama's Choice にも掲載している「陸前高田の八木澤商店」は、200年以上続く醸造を生業(なりわい)とする老舗ですが、八木澤商店の方々は、私の大切な友人です。
そうした関係もあってか、数多くの県の物産店の中でも、歌舞伎座のはす向かいにある「岩手銀河プラザ」にはよく買い物に出かけます。
もちろん、八木澤商店の醤油とポン酢は当然求めます。


私は、食においても、こうした人と人のつながりが家庭の味に反映されるのは、なかなか意味があることだと思っています。
「人との出会い」が、家庭の味に生かされると言えばよいのでしょうか。
誰にとっても、たった一回しかない人生です。
60億人を超える人口を抱える地球上で、同じ国、それも同じ時代に生を受け、しかも出会って気があうなんていうのは、私は「奇跡」なんだと思っています。
宝くじに当たるより確率は低いはずです。
この奇跡を放っておくなんて、こんなもったいないことはない。
この出会いを、やさしく育みながら、さらに大切にしながら生きて行く。
こんなことを大切にしていると、「生きる意味」を感じます。


当日の「岩手銀河プラザ」、人、人、人で、ごったがえすほどの盛況でした。
私は、岩手県人ではありませんが、うれしかったです。
宮城県の店、福島県の店、みんなこうであって欲しいと思います。


混雑する店の中で、思わず、被災地の市長から聞かされたメッセージを思い出してしまいました。


「日本中の皆さん、東日本大震災の被災地を忘れないで下さい。
必死で頑張っている被災者を忘れないで下さい。
皆さんが、被災地を、被災者を、忘れずにいて下さることが、私たちにとって、最高の励みです。
これからも長く続く復興には、大変なお金がかかります。
大変な労力も投入されます。
被災者の日々の生活を支えていた仕事は、震災で消滅したり、減少しました。
被災地で雇用を生みだすには、仕事を増やさねばなりません。
そのためには、皆さん、東北で採れるモノ、東北で作られるモノを、是非一生懸命に買って下さい。
日本中の皆さんの、熱い、優しい気持ちに支えられ、被災地も被災者も、
必ず、元気に蘇りますから。」


ごったがえす人を見ながら、日本人には素敵な人がたくさんいるんだな、と一人で納得していました。



No.6 小魚

今月13日に、東京近辺に住む母の親戚が都内で集まる機会がありました。
100歳近くの伯母から、81歳の叔父まで、8人兄弟のうちの5人とその子、つまり私の従妹たちが集まるのですから、昔の話が飛び出すやら、突然今の話に変わるやらで、整理しながら聞いていないと、何が何だか分からなくなりそうな場でした。


いろいろな話が出ましたが、中でも、私より11歳ほど年が上の叔父の話は、今、子育て中の方々に是非伝えたい内容でした。


終戦時、中学生だった叔父は、中学生時代は、学校に通う以外の時間は、ひたすら畑を耕していたそうです。
敗戦で、日本中が貧しく、食糧調達もままならない状況下では、多くの日本人が自分で畑を耕し、家族のために食糧を確保したものですが、その様を詳しく話してくれました。


瀬戸内海に面した中国地方に住んでいたせいかと思いますが、食事の際には、何はなくとも瀬戸内海で獲れる「煮干し」だけはたっぷりと食卓にあったそうです。
この「煮干し」を炒って、「炒り子」にして、ぼりぼり食べた記憶は、実は私にもあります。


ちなみに、「煮干し」というのは、カタクチイワシ・ウルメイワシ・シロウオ・イカナゴなどのイワシ類の仔雑魚を食塩水で煮た後、天日で干したものを指します。
「煮干し」の小さいものは「チリメンジャコ(縮緬雑魚)」と呼ばれています。


「牛肉だとか、豚肉のような贅沢なものは手に入らなかったから、とにかく煮干しをよく食べたんだ。そして畑を耕すだろう。小魚をしっかり食べて、身体を使ったからだろう、学校でもラグビー部に入ってがんがん運動したからだろう、今でも医者が、固くて立派な骨ですねーって言うよ。あの時代の食事のお蔭だよな。」
と言っておりました。


私も、人間にとっての健康な食生活を考える仕事をしていますので、この話には大納得です。


かく言う我が家の食卓にも、しょっちゅう「チリメンジャコと大根の葉と茎を炒めもの」だとか「炒り子」が登場します。「炒り子」は、私の晩酌の肴になることもたびたびあります。


古希の私でも、ワイフの心遣いだと思いますが、こういったものが食卓に上ると、子供の頃からの習慣なのか、手が伸びます。
しかし本当は、幼児期から二十歳までに、こうしたものをしっかりと食べることが大事だと聞いています。
なんでも「丈夫な骨」は二十歳までの食事で決まるそうですから、子育て中の家庭の食卓には「チリメンジャコ」や「炒り子」を使った料理は“必須”と言えるのではないでしょうか。


健康な身体を作る基本は「食事」です。
そして、それを実行するのは「親」だということでしょう。
久しぶりに会った81歳の頑健な叔父に感謝です。

No.5 もう一つの「美しい人」の条件

「問題解決の順序」で、「身体の芯から健康な人は、美しさが全身から発せられる」と書きました。確かにその通りですが、これではまだ半分のような気がします。身体的に美しいだけでは、何か足りないなと思うのです。


昔から、「文武両道」という言葉が日本にはあります。
今でも、スポーツも勉強も両方頑張って、結果を出している学生が、「文武両道にすぐれている」と言われることがありますから、きっと多くの人に理解されている表現だと思います。


肉体的健康美が「武」だとすれば、もう一方に「精神的な美」と言ってよいものがあるはずです。


こんなことを考えていたら、もうずいぶん昔に、ある女子大で「美人の条件」について教えていらっしゃった先生のことを思い出しました。
当時、非常に感心し、納得したからでしょう、その先生のお名前はさすがにもう記憶にありませんが、その先生がおっしゃった「美人の三条件」は今でもしっかりと記憶しています。


一つ、「美しい言葉づかい」であること。
二つ、「優雅で美しい立ち居振る舞い」であること。
三つ、「学歴ではなく、人間として本物の教養」を身につけていること。


この三つです。
この三つは、時代が変わっても色あせることがありません。


ミャンマーから日本までは、箸を使う文化圏ですが、国々によって「箸の形状、長さ」が違うだけでなく、使い方も相当に異なっています。
お箸で、魚の小骨まできれいに、なおかつ器用に取り分けるのは日本の箸使いと言われています。
正しい箸の持ち方、人の手の大きさによって箸の長さが異なる、美しい箸の使い方、などなど、日本特有の文化とまで言われています。


ところが近年、箸をきちんと持てない人が増えています。
テレビ番組の中で食事場面を撮られるタレントの中にも、人様に自分のあり様を見せる職業なのに、握り箸で食べている人が時々います。
「私は、箸を上手に使えないので…」と言い訳しながら食べているタレントも見かけます。
テレビに出演して、食事をとる場面が日本全国の家庭に届くのですから、なにがしかの影響力があることに思いが及ばなければならないはずです。「自分は有名なタレントだから許される」とまでは思っていないでしょうが、影響力の大きさを考えたら、そんな言い訳をする前に、しっかり練習するべきだと思います。そして、お手本になるような美しい箸使いを、さりげなく見せるべきではないでしょうか。


美しい箸使いは、美しい立ち居振る舞いでもありますから、サスガ!ってことになりますし、テレビを見ている、全国の子育て中のお母さんの立場になって考えれば、こうしたタレントは子供のしつけの大変な助っ人でもあります。


一見は「ラフ」なのに、言葉使いだとか、箸使いだとか、さりげない所作や心配りがきちんとしていると、見る人が見ると「あの人は深いなー、大したもんだねー」、となりますよね。


すでに高齢者の仲間に入った私ですが、今年のテーマは「元気で美しい高齢者」です。
「文武両道」、力まずに頑張ります。
プロフィール

岡山晄生

Author:岡山晄生
--Okayama Akio----------
株式会社リバーライト代表
調理道具研究家・家庭料理アドバイザーとして講演・執筆活動なども行なっている。著書に『料理のきほん食の常識』(グラフ社)等


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