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No.17 AKOMEYA

昨日(4月22日)夕方、新しくオープンするお店のオープニングセレモニーに出かけてきました。
場所は、銀座です。
このお店の品ぞろえの基本は「お米」です。
銀座のど真ん中で「お米」を量り売りするし、ブレンドしてくれるし、精米もしてくれます。


「お米」が基本ですが、もちろんその他、様々な食材、調味料、日本酒、調理道具、食器、雑貨まで、ぶれることのない確かな眼で探し、選ばれた商品が、日本全国から集められています。
昨晩はオープニングパーティーですから、集まった方の多くは当然、お酒の試飲、お米の試食、おつまみの試食、日本酒をベースとしたカクテルなどの試飲をし、楽しい時間を過ごしていました。
私が少々変わっているのか、商品は店が正式オープンしてからいくらでも買うことが出来るので、私は試飲も試食もせず、ひたすら商品を見て回っていました。
商品の見せ方を、隅から隅まで見るため、人でごった返す店内を歩き回っていました。


見て回っているうちに最初に思ったことは、欧米の有名食材店を日本に持ってくる会社は多いけれど、この「AKOMEYA」の方がはるかにまっとうだな、ということです。
この店は、日本の食文化に、真正面から真剣に取り組んでいる。
売れればいい、といった姿勢ではなく、自分たちが全国から探してきた商品をきちっと紹介し、それぞれの商品の良さをお客様にしっかりお伝えし、実際に使ってもらい、喜んでもらいたい、という気持ちがひしひしと伝わってきました。
多くの大型小売り店が忘れてしまった「大事なこと」を、忘れずに掘り起こして、愚直に行おうとしている。
それも銀座のど真ん中で…。
私はそう感じました。
正直、感動しました。


しかし、お店側だけが頑張るだけでは片手落ち、日本の生活者自身が、本当に質の高い食生活を送ろうという強い意思を持つことで、こうしたお店の存在価値はなお一層高まるのではないでしょうか。
こうした顧客と、こうした意思を具現化したお店との間には、必ず特別な関係が出来上がるものです。
お店で販売に従事する「人」と、顧客との間に、「同士」のような関係が構築されて行くものです。
それも売り手と買い手とが、互いに切磋琢磨し合う、そうした緊張感のある「同士」と言ったらよいでしょうか、良い店には必ずこういうことが起きます。



何度でも書きますが、食事は美味しくなければいけませんし、人間の健康に良くなければなりません。
「食事」という文字を解体すると、「人」を「良」くする「事」となります。
これを忘れてはいけませんね。


沖縄県が、長寿県ナンバーワンの座から滑り落ちてしまいました。
女性が3位、男性はなんと30位です。
原因は、「食の洋風化」「お肉の食べ過ぎ」なんだそうです。
ナンバーワンは長野県、県内産の野菜をよく食べる、塩分は控えめ、これが長寿県ナンバーワンの理由だそうです。
どんな食事をするかで、どんな身体になるかが決まります。
生活習慣病という言葉があります。
ここで言う「生活習慣」の中心は「毎日の食習慣」だそうです。
「良い食習慣」が「芯から健康な身体」をつくるのですね。


銀座のど真ん中で「お米」を売る「AKOMEYA」、私は応援するだけでなく、一人の顧客としても、大事にしながらお店の行く末を見守り続けたいと思います。
試食も試飲もせず歩き回ったので、お腹がふくれたわけではありませんが、気持ちは十分に満たされたセレモニーでした。


私が言うのもなんですが、きっと多くの方に大切にされるお店になる、こう確信し、帰路に就きました。
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No.16 あまりに自由な自転車運転

都心を車で走っていて、あまりに自由な自転車運転に遭遇し、声を失うことが多々あります。
大きな交差点を斜めに突っ走っていく自転車。
大手町界隈の道路の中央グリーンベルトの脇を逆走して来る自転車。
これには本当にびっくりしました。
若いお嬢さんでした。



進行方向の信号が赤になり、自動車が全て止まっているのに、信号を無視して堂々と走り去って行く自転車。
車道を右側通行する、つまり逆走する自転車。
歩道を、歩行者無視で突っ走る自転車。
横断歩道を、歩いている人の隙間を縫いながら走る自転車。
みんな、恥じることもなく、自信満々で突っ走っています。
本当は、人としてものすごく恥ずかしいことなのに…。


道路交通法には、自転車は「軽車両」と書いてあります。
ですから歩道の場合は、自転車通行可の歩道しか自転車は通行してはいけない、
しかも歩行者優先、自転車は徐行運転し、歩行者の歩行を妨げてはいけない、
歩行者の邪魔になる場合は、自転車側がよけなければならない、
横断舗装内は、自転車で走ってはいけない、
と書いてあります。
たしか私たちの国日本は「法治国家」だったはずですよね。


自転車は、車道内の進行方向左端を走る、これが道路交通法に書かれている基本ルールでしたよね。
日本の車道の通行は「左側車線通行」と決められていますから、自転車は「進行方向から見て、左側車線の一番左端」を走らなければならない、ということです。
しかし現状を見ると、自転車に関する限り、道路交通法は「空文」なのかもしれない、こう感じさせられます。


高速道路を逆走する自動車、これはニュースでもよく取り上げられますが、自転車の逆走が取り上げられることは殆ど無いようです。
今や、交通違反のダントツは、実は自転車運転違反のはずなのに。
そして、交通事故のダントツも、自転車運転による事故のはずなのに。
でも、警察も諦めているのか、殆ど取り締まろうとはしないようです。


一方で、自転車運転で歩行者にけがをさせ、高額なお金の支払いを裁判で命じられた人もいます。
でも、都内を見ていると、あまりにも自由奔放な(つまり、交通規則などくそくらえといった)自転車運転が、目に余ります。
男性も女性もありません、どちらも自由奔放な運転です。
自転車運転に関する限り、日本は完全に無放地帯と化しています。
無法運転している本人が傷つくのは自業自得ですが、巻き込まれた人も車もたまったものではありません。
高齢者がぶつけられると、骨折だとか、頭をぶつけて大けがだとかもあります。


今は、春の交通安全週間とかで、街にはたくさんの警官が出て、「自動車の運転」を指導、監視しているようです。
徹底して、自転車の「あまりに自由な運転」を指導、監視、取り締まりしないとまずいのではないか、こう思います。
あるいは、自転車の場合も、自動車と同様、教習所に通い、試験を受け、「自転車運転免許証」を交付された人しか自転車に乗れないといった制度の導入が必要なのかもしれません。
これには反対、これじゃあまりにも窮屈と言うなら、自転車運転車は、とにかく道路交通法を守れということです。
守らずに、自分に都合のよい要求ばかりするのは、大人とは言えませんよね。


言い方を変えるなら、こうした「あまりに自由な自転車運転」をする方は、世間に甘えている、自分にも甘えている、いいえ、甘えすぎているのだと感じます。
自分の運転技術なら、事故など起こすわけがない、これは過信ですし、甘えでもありますよね。


でもひとたび、他人様を傷つけてしまったら、けがの程度にもよるでしょうが、とても払えないほどのものを払えという命令が裁判所で下されることがあります。


東日本大震災の折に、世界は、日本人の被災者の立ち居振る舞いの見事さに驚嘆しました。
援助の炊き出しに並ぶ人々が、整然と並び、順番を守る姿に、目を見張ったのです。
自分が被災者なのに、なお他人のことも思いやる、このすごさに世界が感動したのです。


この姿と、周りを見ようともしない「あまりに自由な自転車運転者」、この二つが同じ日本人だとは思えないのです。
それとも同じなのでしょうか?
以前、美しい人の条件について書きましたが、人は皆、美しくありたいものです。

No.15 大橋ジャンクション屋上庭園

3月30日に大橋ジャンクション屋上庭園がオープンしたのを、テレビニュースで知りました。
国道246号線の、大橋ジャンクションの向かい側に、私の友人の会社があります。
この友人の会社の3階のドアを開けて外へ出ると、そこから大橋ジャンクションへつながる橋がかかっています。


この友人から、本社をこの場所に移してから4年が経過したということで、移転4周年記念のパーティーの案内がありました。
なぜかすっかり16時スタートと思い込んでいた私は、新宿での仕事が終わるや、急いで駆けつけましたが、連絡上の間違いか、あるいは私の勘違いだったのか、実は18時からの開催ということでした。
それなら、せっかく時間ができたのだから、明るいうちに屋上庭園など、一通り散歩がてら見てみようと思い、早速橋を渡って、屋上庭園に出かけてみました。
車では、内部を走ったことは何度もありますが、外側を上まで登るのは、全く初めての経験です。


周りから見ると、巨大な筒形の構造物の屋上を、ぐるっと一周しながら登って行きます。
芝生が植えられ、植栽も行われている「公園」の中を蛇行する、緩やかな登り坂を上って行きます。
下界から隔絶された別の世界、下の国道246を走る車の音が、どこかずっと遠くから聞こえてきます。
宮崎駿監督の「天空のラピュタ」が、一瞬頭をよぎりかかりましたが、いいや違う、明らかに違う。
全然別物だ、でもこの気分はなんなんだ?
なぜか現実感がないのです。
足元も定かではない、浮遊しているような感じで、なにか錯覚にとらわれているような気分です。
「不思議だな、いつもの自分じゃないみたいだな」。


この庭園には芝生はあるし、木も植えられている、しかし自然を感じないし、自然さも感じない。
自然を装う天空の公園、あるいは自然を纏う天空の公園、とでも言えばよいのでしょうか。
そこに自分がいる、不思議な感覚です。
とにかく、どこかしっくりと来ない自分を気にしながら、なんとか一番上まで登りました。


上から、辺りを見回してみました。
都会の巨大な建築物の屋上に、坂のある公園ということなのでしょうが、私にはどうもピンとこないのです。
ベンチに座って、一人本を読む女性も見かけました。
しかし、絵にならない。
一番上から、隣の高層ビルへ歩いて渡れるのですから、違和感が消えないのも当然かもしれません。
16年間、毎月、一泊二日、長野県の木曽谷へ通ってきた私には、ピンと来ないのが当たり前なのかもしれませんね。
お金はかかっているし、技術も傾注されている、しかし「本物」じゃないってことなのでしょう。


今の日本の現状を見ると、片方では省エネルギーを叫びながら、もう一方では都市化が止まらないといった状態です。
多くの人が自然回帰と言っているのに、その一方では東京一極集中が止まらない。
止まらないどころか、首都圏への人口集中は、ますます進んでいるようです。
テレビのコメンテーターで、自然回帰や省エネルギーを叫ぶ人は、結構沢山いますが、そうした人が自然豊かな田舎で暮らしていることを、私は殆ど聞いたことがありません。


二酸化炭素排出問題も、エネルギー問題も、都市化が止まらないこと、近代化が止まらないことが、そうした問題を引き起こした真の原因だ、と説明する学者は沢山います。


でも、都市化は止まらないし、便利さを捨てる勇気(?)のある人も殆どいない。


ウーン、この屋上庭園、悩ましい問題だな…、こんなことを考えながら、一人で公園を歩きました。
ここには、きっともう来ないのだろうな…。

No.14 男の料理教室

昨日(3月31日)の午後、東上野のとあるマンションの一室で開かれた「男の料理教室」に行ってきました。
主催者の説明によると、「自分の生活のどの部分もないがしろにしない、かと言って固く考えるのではない、常に遊び心を失わず、楽しく恰好よくこだわる、そんな姿勢に共感する男を集めて、料理と真正面から向き合い、調理を楽しみながら過ごす、本格的なんだけど、どこかゆとりのある、こんな料理教室をやりたい」という前話でした。
こんな話を聞いて行動しないなんて、私には無理というものです。
日曜日であろうが関係ない。
いそいそとでかけました。


11時からということでしたが、会場のマンションには10分ほど前に到着しました。
しかしすでに、メンバーはほぼ全員揃っていました。
皆さん、マイエプロン持参で準備は万端のようです。なかなか恰好いいです。
お顔を見回すと、皆さん、これから大好きな「遊び」に参加するぞという好奇心にあふれた、そんな表情です。
私より2~3歳上とお見受けする方がお一人、そのほかのメンバーは40代、30代後半といった感じです。
しかし皆さん、これから楽しいことが始まる、と思っていらっしゃるのでしょう。
目つきは、好奇心いっぱいの少年の目です。


自己紹介が終わり、お若い美女先生の指導のもと、教室は始まりましたが、私は皆さんの姿を拝見しながら、遠い小学生、中学生時代を思い出してしまいました。
普段はいたずらばかりしているのに、お気に入りの女性の先生の授業では、急に明るく素直な生徒になり、勉強に励む男子生徒、もう随分と昔のことですが、甘酸っぱくて懐かしい記憶です。


今回のレシピは、「ハンバーグ」でした。
小さなブロック肉をフードプロセッサーでミンチにする、マッシュルーム、玉ねぎ、人参を包丁で切ったり刻んだりする、ナツメグをゼスターグレーダーでおろす、誰一人屁理屈もこねずに素直に、しかも粛々とこなして行きます。
この集中力、この素直さは、間違いなく「楽しい遊び」にチャレンジする、“元・悪がき”達の遊びに向き合う姿勢そのものです。
いいや実に恰好いい!
この姿、家族にも見せてあげられる日が近いうちに必ず来ますね。


私は道具を提供する側なので、オブザーバーです。
必要最小限のことだけお話し申し上げることにして、皆さんの姿をずっと見させていただきました。


皆さんが並んで、お肉から空気を抜く作業を行っている、マッシュルームを包丁で均一の厚さにスライスする、真剣だけど、楽しくてしょうがないといった表情です。
参加者の中に、デザイナーがお一人いらっしゃいましたが、「料理もデザイン、創作作業だと思って参加しました」と動機を話していました。
確かに、「食材という素材」がいくつも目の前にあるし、道具もある。
道具を使って、それらの素材に、人間が様々手を加えて料理が完成する。
しかも、調理は自然科学の法則、つまり自然の法則に叶っていなければならない。
そう考えてみれば、料理は、間違いなくデザイン活動でもあるし創作活動でもある。
実に楽しそうに、先生に教わった通りに作業を進めていらっしゃいました。


人間の身体は、どのような食事をとり続けるかで決まります。
ですから、日々の食事はものすごく大切なものです。
しかし、やはり美味しくなてはいけないし、食事作りは楽しいに越したことはありません。
目の前で、先生に教わりながらハンバーグ作りに挑む「男たち」は、間違いなく調理という創作作業に夢中になっています。
それは、皆さんの目つき、体の動き、表情、声からどんどん伝わってきます。
新しいことにチャレンジするって、こんなに楽しいことなんだ、そういった皆さんの気持ちがしっかりと伝わってきます。


「皆さん、格好いいぜ! 見ている私も皆さんの気持ちに引きずられ、なんか楽しくなるぜ!」こう思いながら見させていただきました。


料理が出来上がり、テーブルにきれいに配膳され、最後はワインを飲みながらの食事会です。


「いやー! 自分で作った料理を食べるっていうのは最高だね! 本当に美味しいね!」
これが皆さんの感想です。


この男たちと付き合ってみよう。
この教室、次も来るぜ、こう思いながら、次の仕事に向かいました。
プロフィール

岡山晄生

Author:岡山晄生
--Okayama Akio----------
株式会社リバーライト代表
調理道具研究家・家庭料理アドバイザーとして講演・執筆活動なども行なっている。著書に『料理のきほん食の常識』(グラフ社)等


料理の基本/食の常識
アマゾンにて取扱い

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